中国茶の歴史
中国お茶の歴史は紀元前までさかのぼると言われています。中国茶の世界には二大聖人と呼ばれている人物がいます。一人は山野をかけめぐり?木の根や草花を食べて、72の毒にあたりながら今日の漢方の基礎を築いたという伝説の皇帝「神農」、もう一人は中国茶の聖典、バイブルとして長い間中国茶の世界に影響を与え続けている名著「茶経」を著した「茶聖」と呼ばれている唐の時代の?陸羽?です。
その「茶経」から、お茶の原産地は中国南部の四川省から雲南省にかけてと推察されています。お茶は始めは、嗜好品というより煎じて薬としたり、茶粥のように食すものとして、主に上流階級で用いられたようです。薬用から嗜好用になってきたのは三国時代(222〜280年)以降とも言われていますが、古い書物には紀元前1世紀頃には四川省一体でお茶が商品として売買されていたという記述があるのでその頃にはすでに喫茶の風習があったと推察されます。三国時代はまだまだ高級品で皇帝と一握りのお金持ちのものに過ぎませんでしたが、トルコやモンゴルや華北の端まで交易の場を広げていったようです。唐時代になると、王侯貴族から民間にまで広がり、諸外国にも輸出されるようになり、この頃日本へも最澄によりお茶の苗が持ち帰られました。
宋代になるとお茶の文化も洗練され中国における茶道が頂点を極める時代となったようです。その後喫茶の風習は中近東まで伝播し、明代にはお茶は限りなく現代に近づいてきました。清代には、国内の中国文化は衰退し始めるのですが、それまで輸入に頼っていた諸外国で盛んにお茶の栽培が始められ、インドやスリランカ、アフリカでも製茶業が盛んになりました。
その後中国本土だけでなく、台湾にもその栽培方法が伝播され、気候のよい熱帯に属するため、茶葉には本来適地で、茶葉の改良、茶畑の整備、製茶技術の向上に努めることによって、本家に勝るとも劣らない良質の茶葉が栽培されるようになりました。唐の時代になってお茶を飲む習慣が普及するに従い、茶器の発達の歴史も非常に興味深いものがあります。上流社会で長寿を願って飲用されていたことから、茶器も金や銀を使った豪華なものが使われました。「茶経」によると金や銀の茶器のほか、茶碗は越州の青磁が上等なものとして紹介されていますが、他にも茶器の種類として20を数えるほど発達していたようです。
宋の時代、市民階級が台頭し、文化がより一般のものとなり茶器についても新しい工夫と変化が見られるようになりました。茶筅や天目茶碗?白磁も使われるようにもなりました。明代に入ると緑茶の普及から使い勝手の良い茶壷(急須)も使われ始めました。

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